8/04/2016

お題:セメント化学的研究


気にするに決まってるじゃないですか。なんですかそれは・・・・。


ども。夏休みに入りました。世の中は。成績づけと雑用と雑用と雑用をやると、おそらく9月になります。あ、建築学会@博多を忘れてました。そんな感じです。

さて、光栄なことに某所から、土木建築業界に必要なセメント化学/材料科学的な研究をいかにもりあげるか、というお題をいただきました。普段からも考えているところでもあるんですが、なかなか一般の建築土木業界じゃ見向きもされないかな、というのが率直な感想です。

私は別に日本のセメント化学というローカル学問分野を保持することを目的に研究しているわけでもなく、必要だから、ということと自分で理解して納得したいからそういった系統の研究をしています。そもそも、今の私の研究の多くは、ある問題について私を頼ってくれたからそれに答えようとやっているというものばっかりで、自分のやりたい研究をやっているわけではありません。だから、これといって深い思想があるわけでもない。(原理はありますよ。研究原理。)

原子力業界は軍事業界と同じくリミットがありません。安全のために最善を尽くすべきであり、理解していないものについては大幅なマージンをのせなくてはなりません。だから、理解する、説明する、説得力があがる、そういったことにそれなりの予算がつきます。
私はそもそも原理原則にのっとってものを理解したいので、昔からちょっとは(研究については)細かい性格でしたけど、それが大事にされたのはこの業界に触れてからです。今の私のやっていることを普通の建築の人がみたら、なんでそんなことを、と思うに決まっています。だって、すでに法律があって、指針があって、建築が建ってて、時々地震でこわれるけど多くは問題なく建築はできているわけです。なにをいまさらやるんですかって言われても、ほうそうですか、としか答えられません。

工学っていうのは理解していないものでも、つくって人間の役に立てる学問です。線を引いて、安全率をとって、実用化していく。そこに責任が生じ、人による個性がでて、そしてお金が動く。
ルールが一般化・陳腐化して普遍化すると、利益率はヘリ、コモディティ化していく。普通の商品と同じです。そして、建築はほぼその領域になりつつある。
ただ、理解されていないことは多い。コンクリートなんて穴がいっぱいで水もいっぱい入っていて、それで強度がどうして出るのかよくわかっていない。でも、100年の歴史があって、設計ができる。学問的にはやることはあるけど、実業界からはなにも要求されない。社会が大学の先生を要求するのはJISをくぐるために同意をとったり、大量のデータをとって線を引くときだけ。そんな業界なわけです。
そんなところにセメント化学なんてこれっぽっちも必要とされていません。

業界は、材料会社はセメントが売れたらOK、施工会社は瑕疵保証期間を切り抜けたらOK、設計者・監理者は文句がいわれないように作れたらOK,それでお金が動き、消費されていく。
これはね、なにもないですよ。

たとえば、ここにそういったニーズを掘り起こすなら業界の責任体系とお金の発生する場所を変化させるしかない。あるいは顧客に対する信頼というものをなんらか制度化していくしかない。
土木で考えれば、100年もったかどうかをかならずチェックしてそれが会社の成績になっていくようなしくみを制度化すれば、みな、施工ばっかりじゃなくて、耐久性もちゃんと考えるでしょう。
でも、そのためにグローバル経済における私企業の位置づけ,はなかなかに大変。すぐに会社はつぶれちゃう。合法的に。そして責任も解消される。

以前に姉歯事件のときにも、談合の問題を記載したときにも書きましたが、建築・土木っていうのは使うお金が大きすぎる。だから、一回の利益で会社をつぶしてしまっても、なんとかなる場合がある。大きなお金と責任を社会制度としてどう実装するかはまだ資本主義として解決できていない問題。大銀行を潰せないのと同じ。大きなお金を借りるでも持っているでも、なんらか責任を関与するともはやその人は殺せなくなる。理由は、影響がおおきくなりすぎるから。人に迷惑をかけるから、政府が介入してしまう。銀行のこの問題と同じ構造を建築・土木ももっている。この問題が解決できないかぎりは、責任とそれに伴うお金の議論ができない。

同じく,お金の動きとものの寿命が違い過ぎる。耐用年数100年の成果物の評価を対価にどうしても反映できない。もう,減価償却100年といいきれるなら,なんとかなるんだろうか。でも,住宅も30年でもそうなってないしな・・・。

価格が大きいこと,寿命および評価期間が長いこと,この二つと今の経済ルール,利益算出ルールがマッチしていない。


たとえば、土木インフラの社会性信頼の向上を目的としてゼネコンが材料メーカー(セメント会社)を買収する。設計と材料開発、維持管理を一気通貫で行い、ライフサイクルコストとCO2を格段に落として社会的信頼を構築することで、市場に優位に働こうという考えは、原理的にはありえなくはない。
特に過当競争の今ならそういう市場再編とともに政治家を動かせば、ある種、面白いことができる可能性は高い。だけど、この付加価値を正当に評価できるほど社会が成熟してない、と思う。そもそも財務省がついていかないし、一般消費者も理解できない。残念ながら。
なので、セメント化学は今の市場原理を前提とすると根付かない。

というのが今日までの整理。この次の一手について、AIJ大会くらいまでに1,2回は考える時間があるだろう。頭の体操。









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