9/18/2012

日本建築学会大会(東海):建築学会賞受賞記念講演(その2)

2.科学と工学のはざま (追記あり)

すでに現業が成熟している範囲で大学が開発的研究をするというのは、難しいものがあります。もちろんフィールドを選べば可能になるとは思いますが。建築が、新しい形を望んでいることは常に感じていることではありますが、それにまっすぐに大学が答えるべきか、というのは少し課題が多いように感じています。

セメント系材料の企業における技術開発をみていればわかりますが、給料をもらって、それなりの人間が、派遣の方々も含めて、一つのプロジェクトに関わります。メカニズム不在の場合には、必要なだけパラメータをふって馬力で前に進むわけですが、その精度、再現性、なども考えれば、大学の一研究室に限界があるのは誰でもわかることです。産学連携をどのようにするか、というのはさまざまにあってよいと思いますが、産の馬力というのは本当にすごいものです。




しかも、多くの実験は学生が実施します。バイト代をはらうにしても、大学院教育上の実験的研究ですから、なんらかの教育効果がなければいけません。しかし、パラメータを振った実験でデータをまとめて、定性的傾向を把握するなんていうのは、ファミコンゲームをやっているだけであっても自動的に身につく技術ですから、大学院に授業料を払ってもらって、それに応える教育としてふさわしいか、ということについては、私は疑問です。

(また、業界が学生の安い労働力に期待して、指針類のデータの取得を大学に依頼することはまちがった方向性になる可能性があります。そのデータ取得を請け負った先生は、第三者評価ができなくなること、データの質を吟味しないと、他から追試されたときに問題が生じうること、安い労働力として学生を使うこと自体が、建築業界全体の問題と相似形であり、業界としてデータを出せなくなる可能性があること、などが理由です。)

(2012/09/19追記:よく考えれば、大学の立場立場で、使い分ければ良いということもあるでしょうから、一概に悪いとは言えませんね。ただ、業界として出すデータであれば、試験所などで一括してデータを取得した方がよいのでは、と思った次第です。一方で、学生に練らせるという機会を与えている、あるいはノウハウが各学生に行き渡るのであれば、負の側面ばかりとも言えませんね。)

(私は学生のデータは、あるいは学生だけでなく研究者のデータは、本人が本気になって、研究に興味をもって取り組み、さらにそのうえで予備試験を重ねて、検証実験を行った結果であって初めて信用にたると考えています。時間と予算がつけられた機械的作業を対象としたときには、信頼性は低いと考えてもおかしくないと思います。)

工学部の他の分野では、市場にないものを作ろうとしているわけです。市場になければいくらでも時間をかけてもよいわけです。(ライバルからでれば、それでプロジェクトは中止ですが。)が、建築というすでにある技術の上に重ねるものについては、それが難しいのではないかというのが私の意見です。

大学がもし、こういったことを実施するとなるのであれば、それは科学的知見の上に自ずと特許性が成立する場合ではないかと思います。メカニズムを追求していくと、必然的にこうすればよい、ということがいくつか見えてきます。これは、メカニズムの解明とその対策をとるという不可分の前進であって、無理の無い進め方といえます。


たとえば、私の今回の研究では、線膨張係数の経時変化によって、コンクリートの温度履歴条件下では収縮が過大に発現されることを発見しました。この傾向は、親水性の高い材料において顕著であり、高炉セメントを用いた場合は、W/B=0.55においても顕著に発現されます。(普通セメントではこの傾向はあまりでてきません。セメント種類によりますが。)
この線膨張係数が水和反応とともに変化することによって増加する傾向というのは1990年台に北欧の研究者Shellvold博士によってすでに見いだされており、さまざまな研究者によって追試されていました。そして、それが内部の乾燥によってもたらされることも理解されていました。
この研究は、自己収縮ひずみが問題となりはじめた1990年台において、温度履歴を受けた場合の自己収縮ひずみの定量の観点から発展した研究でした。あくまでも主は自己収縮であり、じゃまものとしての温度ひずみ、線膨張係数だったわけです。

しかし、この傾向から、マスコン履歴下でひび割れ危険性を生じさせるという新たな視点を付与したのが私の研究です。おなじ歪みであるのであれば、ひび割れ危険性も同じですから、重要な知見です。
乾燥と線膨張係数の変化が相関するのであれば、内部養生材料、たとえば、水を含んだ軽量骨材を用いることでこれらを制御することも可能です。高炉セメントによるマスコンひび割れ危険性を制御するには内部からの養生が非常に効果的です。
こういった発見は、特許性を持っていると考えても良いんじゃ無いかと思います。(特許はとりませんでしたが。)

一方、工学的に見て、取得も難しい線膨張係数の経時変化なんて本当にいるのか、という話がでてきます。これはもっともなことです。
私は材料開発とか根本的な解決を目指すには、こうした細かいメカニズムに立脚した研究が必須であると考えますが、ひび割れの発生を許容して、それを制御するスタンスであるのであれば、再現性のある実部材の実験のほうがよっぽど、直接的・効果的であると考えます。
ひび割れ制御鉄筋を配置することが可能なのであれば、こんな研究は必要が無いと言う人がいても私は否定しません。

コンクリートの線膨張係数は10^-6/℃一定とすることが多いです。自己収縮を計算するときもこの仮定を用いることは、目的によっては問題無いといえます。
たとえば、JCIマスコンひび割れ指針2008においては、自己収縮は最高温度の関数になっています。これは、線膨張係数の経時変化を考えれば、工学的にみて正しい形でしょう。高い温度を受けるほど、線膨張係数の経時変化によって収縮値が加算されるので、みかけ上、最高温温度に応じて収縮量が大きくなるからです。

線膨張係数を一定として、自己収縮ひずみを最高温度の関数として整理すれば、結果として、ひび割れ予測に用いる全ひずみは再現されます。応力計算においては十分な精度で予測ができるのではないかと思います。
こうした観点から、自己収縮と線膨張係数ついてセットで考えるということは当然のことと思います。

しかし、自己収縮と水和の関係を見たり、詳細な自己収縮メカニズムを評価するのに、こうした視点を飛び越えてやってしまうのは、悪意があるように思えます。わかっているのに真摯に対応していないのですから、研究者としては問題です。

工学と科学の立場があるのは十分わかりますが、自分に都合の良いデータと立場ばかりに依存してしまうのは、技術者であっても研究者であっても問題です。そうした行為が、我々業界の信頼を失墜させているということについて、お互い意識をもって取り組む必要があると思います。





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