3/25/2010

研究の風

環境学研究科という学問は,分野横断的であり,まあ,現在はなんにでも環境というキーワードが入っていて,結局のところ,既存のディスプリンの集合体である。ただ,同一課題に対して,異なる視点で議論するということには意味があって,個別問題の解決だけではどうも前にすすめない,というときの場としてはよいだろう。

思えば,環境問題といえば,昔は公害問題だったし,名古屋でも10年前だったら,ゼロエミッションで,今はエネルギー問題になっている。ちょっと前にゼロエミッションで頑張っていた人の中でも,うまくシフトできた人,できなかった人がいるわけで。

で,今日は何がいいたいかというと,公的な大学という立場でいうのであれば,大学の先生が,そういうトレンドを追っているだけではだめでしょう,ということである。
まあ,これが東大であれば,どの風に対しても対応できなかったりしないといけないし,それなりに政治的な役割もある意味で求められることもある。

でもですね,トレンドを追いかけていったら1番にはなれない。少なくとも,追い風が吹いたときに,先頭を切っているということは無いわけです。そういうのって,普通に考えればわかるのに,そういうことばっかりやっている先生もいらっしゃるわけで,定年間近でこういうのを見せつけられると個人的にちょっと悲哀を感じてやりきれない。頭はよくてその場での切り返しは抜群なんだけど,根無し草みたいになっている。

日本という国もなかなかトレンドを自ら作る政治力は無いため,研究トレンドというか予算の付け方自体がEUやアメリカの後追いになっている。これがどういうことかというと,欧米の学会で良さそうな話とか,権力のある先生についていって,似たような研究をしていると,おいおい日本で予算が付くようになるということを意味している。
別にそれが悪いというわけじゃないけど,(だって,完全にオリジナルなんて,もはや存在しないし)今もってそういうロールモデルが成り立っているというのはちょっと悲しいな,ということだ。

生物多様性と同じで,どんな風がきても対応できるように学内に多様性をもって,学問深化を目指してこその国立大学ではないかと思う。だから,トレンドでふんぞりかえっている教授だけじゃなくて,どんな分野もその分野で,着実に成果を出している人に対しても同じように大学は評価しないといけない。
問題は,深化を目指していない人であり,トレンドの隠れ蓑になっている人こそ問題だ。


個人的にはですね,生涯1回くるかこないかわからない追い風の時に,日本を代表して議論できるような経験を有した研究者になっておきたいと思います。

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