6/27/2016

JCI論文賞

過去の記事と重複しますが,6月20日に日本コンクリート工学会(JCI)の総会がありまして,そこでコンクリート工学会賞(論文賞)をいただきましたのでここにご報告いたします。

この論文は,過去の論文,

I. Maruyama, G. Igarashi, Numerical Approach towards Aging Management of Concrete Structures: Material Strength Evaluation in a Massive Concrete Structure under One-Sided Heating, Journal of Advanced Concrete Technology, 13 (2015) 500-527.

I. Maruyama, G. Igarashi, Cement Reaction and Resultant Physical Properties of Cement Paste, Journal of Advanced Concrete Technology, 12 (2014) 200-213.

この二つの論文は,見ていただけるとわかりますが,膨大な実験データとその実験データから物性を表現する数値モデルによって構成されています。
2000年代初頭から,欧州ではNanocemプロジェクトが実施され,Glasser先生やLothenback博士らを中心として熱力学平衡計算用のセメント系における定数が実験的に定められました。これにより,地質学の平衡計算ツールがセメント系に適用でき,相組成計算や劣化現象における問題の解決方法が実験的演繹的方法から大きく変化しました。21世紀におけるセメント化学分野の一番大きな発展といって良いと思います。
しかしながら,地質学的に数万年,数十万年オーダーで平衡を議論することと,たかだか数十年のコンクリートにおいて平衡計算を議論することは,まったく異なります。セメントの水和は,溶解から過飽和現象を経て析出するわけで,このプロセスに平衡はありません。高分子を練り混ぜれば液相組成は容易に変化するし,イオンの偏在が起きます。そのため,科学的にはセメント分野に平衡論を用いることは(過大な表現かもしれませんが,)誤りです。
しかしながら,反応の方向性を議論すること自体は正しい。それが平衡計算の位置づけです。

平衡計算ができるようになった今,何が重要かと問われれば,それは1)速度の問題,2)物性の問題,の2点です。速度は理論的に出せません。あくまでも経験工学です。そのためには膨大なデータが必要です。ダブルミキシングの問題,ペースト実験とコンクリート実験の練混ぜ効率の問題,さまざまな問題が生じます。物性はさらにやっかいです。化学反応から一気に物理的な応答の問題になるからです。こちらも実験データが必要でした。

私が名古屋大学に移って10年後のセメント化学,コンクリート工学に不可欠なものはなにかということを考えた時に以上の2点に問題を集約しました。設計工学から維持管理工学,あるいは潜在的性能評価が必要となる時代に備えるためには上の二つのデータが必要です。初代学生の寺本先生(広島大学)はこの初期の反応と物性関係について精査し,線膨張係数と自己収縮について膨大な実験を行いました。岸君は2000体を超えるサンプルを制御し,水分移動,収縮,熱伝達率に関するデータベースを作りました。乾燥収縮について新たな視点(というよりは過去にもあった議論を再評価)を着想したのは岸君のデータのおかげです。その後,五十嵐先生(東北大学)は水和反応についての知見を深めました。骨材についての議論も進み,博士論文では,C-S-Hの構造について深く議論しました。その後,堀口くんは特に骨材についての検討を深め,篠野君,杉江さん,西岡さんというスター選手が同一学年にいるという時代ができ,篠野くんはコンクリート中における損傷の問題,杉江さんは数値解析的検討,西岡さんは水和後の乾燥による変質についての検討を行いました。別府君,伊藤君はさらにこれらの検討を別角度から行ってきました。
10年間の膨大な蓄積がある種の抽出液のようになったのが上の2本の論文で,この論文が評価されたことは,ある種,AIJの業績評価よりも,研究室の学生達と進めた歩みを評価してもらえたという点で大変に嬉しいものでした。

過去の記事に記載したとおり,数値解析手法の研究には常に悩みがあります。それは研究的進歩とは何かという問題です。さまざまなものを連成することの意義は,すでに東大の前川先生らのチームが為してしました。残った課題の上で,日本が欧米に対抗するギャップをうめるとすると,実験により真実を見極めながら,簡素化し,現実問題の解決となるべく因果関係を評価するというのが一つの研究テーマだろうかと思っています。科学と工学をどのように橋渡しすべきか,何が大事なのかは常に悩ましい問題です。

そういった点で2015年の数値解析的研究は,まだ,納得がいかない部分があります。実験事実は覆りませんが,数値モデルは永遠にひっくり返される使命にあるのです。なにか少しでも後世の残るものがあると良いな,と考えています。

幸い,最近,やっといろいろな点について整合的なC-S-Hの構成モデルをGatner博士,Chang博士らと投稿しました。この論文が受理されれば,セメント化学の景色は一変すると思います。細孔構造とはなにか,C-S-Hの残された課題はなにか,そして今までのデータはどのように解釈すべきか,それらを統合的に説明できるモデルがやっと明らかになってきました。


さて,こうした環境が今あるのも,名古屋大学に籍をいただき,さまざまな環境と研究プロジェクトをやらせていただいたおかげです。勅使川原先生には特に私の立場を尊重いただいて心から感謝申し上げます。名古屋大学の建築教室の先生方には,実に貴重な機会を頂戴して今ある環境についてサポートいただきました。学外の特に建築分野外の先生とのおつきあいでは貴重な大型プロジェクトをさまざまに実施するチャンスを与えていただきました。それが成功に結びついてきたのはすべて共感できる学生方と出会えたからでした。
こういう条件がすべて整うというのは,まれなことではないかと思います。そういった点でこの境遇の感謝について,身の周りの人と分かちあえられたら,と思う次第です。

さて,名大10年の一区切りですが,これまた幸いにも大型プロジェクトがさまざまにあります。歴史的建造物の課題(科研基盤S,名古屋市大・青木先生),新規建築構造体(科研基盤A,京大・荒木先生),収縮低減メカニズム(École des Ponts ParisTech,LafargeHolcim),放射線照射影響(規制庁・主査),浜岡プロジェクト(中電,Technical lead),化石プロジェクト,などなど。実は打診いただいているのはこれにとどまらず,さらに多くのプロジェクトにお声がけいただいており,積極的に成果が出せるように努力していきたいと思います。

今後とも,無機系材料を中心に建設・建築分野での新境地をみなさまとともに開けるよう努力してまいりますのでどうぞ,よろしくお願いします。

0 件のコメント:

コメントを投稿