4/18/2012

最近の研究

画像相関法をつかって,梁の載荷に関する予備実験をしてみました。
長崎大学の松田先生がやられた研究の追試,というかトレースです。
おもったより,全体の挙動が画像解析からわかります。
図は,最大主ひずみのコンター図です。赤いところがひび割れ。
4点載荷で,グリッドについて,左上の左から2個目の上に載荷点があります。
右下,右から1つめ下に支点があります。
なかなか,面白いツールです。
載荷は,M1の杉江さんチーム,解析は研究室に最近配属されたB4の北口くんによります。








4/15/2012

3/9 ~4/14

年度末は,いつもは論文量産の時期ですが,今年はそうもいってられなくなりました。AIJ大会,JCI大会,セメギにも投稿できず,マネジメント失敗という感はぬぐえず。

2012年度は,入試委員,教務幹事,研究科同窓会支援委員会委員長,その他・・・,と結構な役職についていて,年度末から忙しさが増えてきています。こういう二次的な業務は,大学という動脈・静脈を理解するには,必須の業務ですので,(日本の)大学人としてはやはり,おろそかにはできません。というわけで,来年度も,出席できる委員会は相当に限られます。
(今のうちに伏線をはっておく。)

さて,そんな募集要項やら,シラバスとりまとめなどをやりつつ,年度末に何をしていたかというと,来年度のプロジェクトに向けて,新しい試験機の性能の話をしたり,見積もりをとったり,再委託先の方と話をしておおよその進行をみたりということをしておりました。

12日,午前中に半休をとって,家族写真を撮りに行きました。双子が1歳になったのでその記念に。本山にある有名なスタジオで,半年待ちということでしたが,その人気にふさわしく,なかなかびっくりするような写真が撮れました。掲載したいところですが,親ばか丸出しで恥ずかしいので,やめておきます。

13日は,試験機に関する打ち合わせ。まだ,市販されていないようですが,来年度,この装置が入ってくると,構造ー材料の間の研究は,結構すすむんじゃないかと思っています。

14日 シラバス打ち合わせ。午後,イタリア調査に関する打ち合わせで名古屋市大に。

17-18日 恒例の勅使川原研との合同ゼミ旅行でした。今年は,豊島,直島でした。
豊島美術館のライズが低いのにびっくりしました。いや,これ,チャレンジしすぎだなあと。変形を継続測定しているらしいので,10年超えたあたりのデータは是非みてみたいところです。
LeeUfan美術館のマスコンは,教科書的だなあと,芸術ではなくてマスコンひび割れに感動している自分はどうかしていると思いました。

みよ,この綺麗なひび割れを。雨上がりにばっちりみえていました。
直島は3度目,地中美術館は2回目でしたが,地中美術館はなんか見せ方が当初とちがって,仕掛けを楽しめないものになってしまっていてがっかりでした。

19日は,某T社のY田さんH川さんに来ていただいて,当方で最近取得できたセメント硬化体の物性に関するデータについて意見交換。たぶん,世界で初めて,しっかりとれたデータと思うのですが,裏付けを進めるには一段とお金がかかりそう,という結論に。
分析はしょうがないですね。ただ,長期的なクリープの進展とか,ある条件での体積変化に関わる重要なデータなので,早い内にどこかに論文化しておきたいところです。

22日は昼は学内で多くの打ち合わせ。夜は名大土木の中村先生と勅使川原先生,寺本君とで飲み会。彼の今後を祝福。

26日は卒業式。謝恩会の後の二次会,その後は体調があまり良くなくて帰宅。残念。おいしいイカでした。


4月2日は,AKK社のM井さんと体積変化関係のデータの意見交換。浸漬熱,および二次元NMRの可能性についての意見交換。同時に測定していたFTIRデータでも,ちょっと面白いことがわかる。(後日,五十嵐の合成C-S-Hデータで,さらに発展的なことに。)

4月3日,天秤の精度が少し甘いんじゃないかという学生の指摘で,マイクロ天秤の見積もりを取る。メトラ-社の技術について学ぶ。質量計はもっとも基本の測定なので,なるべく良いものを使いたいですね。今後のことを考えれば,早めに投資しておくべき機材です。

4月5日,そろそろこのあたりから,今年度のプロジェクトの詳細を詰める段階で各所との調整に入る。プロジェクトの全体方針の確認,関連の研究者へのコメント依頼,見積もり,成果の確認,などなど。東京出張で,朝から晩まで3件,打ち合わせ。

4月6日,この日も東京出張で,朝から晩まで。夜はJCIで今本委員会の幹事会。飲み会はつらくてできなかったのと,そのままかえって大学で事務処理しなくてはいけなかったので,会議後,なくなく大学へ。

4月9日 この日から,研究室の本格的な立ち上げ。今年度,第一回ゼミ。安全講習,研究室内規,研究の考え方,学生生活の指導,M以上は今年度にやるべきタスクの整理,学習すべき事項,各自の研究紹介など。
夕方,AIJの第二次提言とりまとめの足場堅めのため,JNESに挨拶へ。

4月10日 息子が入園。午後は学生実験の打ち合わせ。

4月13日 第二回ゼミ。より具体的なここ2,3ヶ月における研究スケジュールの確認,新しく取得されたデータに関する意見交換。

以前のコメントの続き

http://concrete-nagoya.blogspot.jp/2012/03/blog-post_6200.html
これのつづき。

このエントリーの続きで,結局,規制・推進の枠組みから抜け出せないのは,第3者による評価ができないから,ということ結論づけられる。
推進こそ規制が必要で,規制が推進の存在を前提としているのであるから,原子力の関係者自体にこの膠着状態をひもとくことはできない。
アメリカのように科学アカデミーが存在して,それを承認プロセスは一つの解法と考えられる。
しかし,日本の権威を有する団体が,今から始めて自己批判をも行いながら厳正に中立な立場を獲得できるかはよくわからない。そういう公正な立場を獲得することの重要性と,それを支援する民意も必要であるし,純粋に科学的である人に対して,適切にポジションが与えられるかも見通しがたたない。ないとは思わないけど,それが評価軸になっているようには思えない。


日本の複雑な問題の源は,問題を適切に処理できない人に権力と仕事とお金がいっているという点にある。全部が全部そうだとは思わないが,そういう人がいて問題を作り出していると思う。
問題をさらに複雑にしているのは,処理できない人が世間体を気にして,解決したように見せかけることに全力を費やして,数年たって,結局何も前進していないという状態がつくられるという点だろう。お金をまわした人,権力醸成に貢献した人,についても世間体が同様にあって,それに関わった人間は成果の失敗を全部隠蔽する動機が生ずる。

また,これが可能となっているのは,責任者が不在だからだ。たぶん,失敗を恐れるあまり,お金を出す側もそうでない側も責任ということについてあまり考えずに進めてそうなっているんではないだろうと思われる。


こういうの,大学からかわっていかなきゃ,ダメだと思う。
一つは,経済的な独立というのが重要かも。大学の研究資金が政府依存になる限り,こうした体制はあまり変わりようが無い。
政府の税金制御に介入しすぎる点は,効率的な部分もあるのだろうけども,科学の個の独立を阻害し,長期的には健全なアカデミーの醸成には貢献しないかもしれない。


(以下,思いつくまま,駄文)

あんまり関係ないかもしれませんが,研究のディスカッションをしているのに,まるで人格を否定されたようになって,根にもったり,いきなり個人攻撃になるのはやめてほしいです。偉い人にもそういう人がいて,困惑します。

研究の成果を出すためには,むしろ厳しい意見の方が前進があるかもしれないじゃないですか。研究のコメントって,あればあるだけ自分の得だとおもうのですが。

また,研究の信頼性と個人の信頼関係は別のはずと思います。


それと,研究やプロジェクトには失敗はあたりまえなので,失敗を成果にカウントしないというのも研究評価としてはやめてほしいところです。失敗の理由が稚拙(過去の文献を読んでいない,論理的な展開をしていない,個人の思い込みですすめて周りの意見を聞いていない)なら,プロジェクトリーダーとしては失敗で,そういうのが繰り返されるのなら,やめさせた方がよいでしょうけど,ちゃんとやっていても失敗することは失敗するので。

特に,最近のプロジェクトは期間がものすごく短かったり,予算の使い方が不自由だったりするので,プロジェクトの発注側にも失敗要因をつくっているものはあります。研究開発って,業務発注のように進められる部分とそうでない部分がありますし。
失敗の評価を適切にして,それがあきらかに発注側の要求によるものであるなら,それはそれで報告書に記載して,いずれはもっとプロジェクト発注とか成果を出すためにはどうすればよいかという根源的な課題として,取り入れてもらって改善されればよいと思います。

4/13/2012

近況

ご報告です。

11日の建築学会,理事会付けで建築学会賞(論文)を受賞する栄誉を賜りました。
若輩ではありますが,このような賞を受賞できたことを大変うれしく思います。また,受賞に際して,推薦いただきました恩師・友澤史紀先生に心より御礼申し上げます。

名古屋大学に移動してから,5年を目処に何か一つの区切りをと思ってがむしゃらにやって参りました。移籍時には,さまざまなシナリオを想定した研究室運営を考えておりましたが,科研の若手(A)を獲得できてから,もっともうまくいくシナリオに載ることができました。
このシナリオを練る際には,研究室運営についてさまざまにご教授いただいた広島大学・佐藤良一先生の教訓と研究に対する思い入れが大変に生かされました。御礼申し上げます。

研究室立ち上げ時の研究室に配属され,その後,博士号をつい最近獲得した寺本篤史くんの貢献は,大変に大きく,感謝いたします。
研究室の立ち上げで,最初は埃をかぶっていた実験室を片っ端から片付けて,割れまくっていた床にPタイルを貼って養生室をつくった思い出は今も思い出されます。彼が卒論時に50回実験して,やっと一つのデータが出たときは大変うれしかった。
この最初に一緒に開発した,線膨張係数・全ひずみ同時測定装置は,今も時折,建築学会の構造系論文集に登場しますが,数多くの論文と新しい発見を生み出した装置の一つです。この装置は今も現役で,世に無いデータを生み出し続けています。

岸直也くんは非常にユニークな学生でした。しかし,収縮に関する研究では1000個以上のサンプルを取り扱って,収縮理論の提案に大きな貢献をしてくれました。彼のガッツは,研究室全体に新しい活力を生んだのでした。それと並行して,あのとき,方々から借金をして購入した吸着等温線測定装置もまた,新しい発見を生み出し続けています。この投資は,本当に大きく実りました。研究に対する投資のタイミングと自分の直感力への自信はその後の研究方針に大きく影響を与えました。

五十嵐豪くんは,水和反応に関する私の思いを一心に受け入れてくれました。彼の行ったおそらく2000パラメータ近くのサンプルによって,セメントの水和反応に関する現象については,ほとんど直感的には理解したと思っています。それと同時に限界もわかりました。いくつかの点はある種の装置を開発せずにはひもとけず,それには膨大なお金がかかることも。
五十嵐くんの教育には,私がこういう教育を受けたかったという研究者のための教育すべてが反映されています。ある種,夢の押し売りなので,気になるところも多いのですが,今後,彼がどういった成果を生み出していくかについて,私は大変期待しています。

その他にも堀口直也くんをはじめ,多くの優秀な学生と一緒に研究できたことは望外の喜びでした。

名古屋に移籍後,関連業界の方々にはさまざまに支援をいただき,研究の機会を与えていただきました。共同研究,寄付金,さまざまな情報,個別に行うディスカッション,非常に多くのサポートをいただいたことを心より御礼申し上げます。このご恩にどうにかして,今後,報いていきたいと思っております。

また,周りの先生方,特に年配の先生方には,多くのアドバイスを研究,大学生活全般に渡ってご指導をいただきました。現研究室の勅使川原先生には,構造に関わる多くのご教示をいただくとともに,学内において私が研究をしやすい環境を作っていただきました。改めて御礼申し上げます。


今,こうして書いていますと,あの立ち上げ時とは多くの点で変わってきていることに愕然とします。ゲージ1枚,サミット管1個に対して,学生に怒鳴っていた状況とは異なっていて,別のプレッシャーの下でさまざまなプロジェクトを運営させていただいています。

研究環境としてはすばらしく整ってきたのですが,ふと思うと,あのときの立ち上げの苦労と楽しさを学生と体験することが教育なのでは,とも思います。今一度,初心に返って,学生とともに研究に苦悩していきたいと思います。

(だからといって研究費が必要無いとか邪魔だというわけではありません!)

つらつらと思い浮かべますと,さまざまなご縁はすべてむすびついています。そもそも恩師・野口先生にVRTMの課題をいただけなければ,試験機の開発において考えるべきことを習得できなかったわけですし,また,水和モデルの課題をいただけなければ,こうした方向性でスタートを切ることができませんでした。両者の課題からデルフト工科大学でブリューゲル先生にお会いできて,ヨーロッパ的な研究哲学に触れることができました。すべてがつながって,こうした機会を得ることができたわけで,みなさまには心より御礼申し上げます。

引き続き,建築業界,建設業界,あるいは日本の現状と未来をよりよくするために,私のできる貢献をしていきたいと思いますので,どうぞ,よろしくお願い申し上げます。

3/08/2012

博士

私の指導学生で、一人やっと博士の学生が出ました。昨日教授会で判定されました。
長いようで短かった。
彼は、研究室の立ち上げ時から現在にかけて非常に多くの活躍をしてくれました。

3月8日

本日は午前中に新4年生(まだ3年生)に対して、私の過去の論文についてのモデル系の論文について、3時間かけて解説を行った。これは、うちの研究室で抱えているプロジェクトの根底にある流れと思想を理解してもらうためだ。
一方で、こういったモデルなり問題への取り組みというのは、手を動かさないと頭に入ってこないというのは当然のことなので、やはり3月末くらいから簡単な練習に入っていくのが良いと思っている。
例年、立ち上げの善し悪しによって、学生のノリも変化するので、苦慮している点である。今度の4年生は、どんな形で成長する・してくれるだろうか・・・。

午後は、企業の形と打ち合わせ。非常に面白いデータが出ているのだけども、これをどこまでつめて、どう落とすかというのを議論したかったけれども、遠慮されたのだろうけどうまくまとまらなかった。
が、その後、少し学生と話をして、方針を考えた。

3月は例年、少し時間ができる時期で、ここで1,2本は論文を書いておかないといけないなとは思うのだけれども、重い国際会議論文の原稿があってうまくはかどっていない。骨格をつくって、早く英文チェックにまわさないといけないのだけれども。

来週前半には骨格を作ろう。


吸着等温線関係、収縮低減剤・線膨張関係、骨材関係x2、くらいは論文がかけるだけのデータはそろっているので、考察を深めていきたい。

それ以外に、収縮関係で非常に面白いデータが3事例ほどある。これもうまく暖めて論文化しなくては。


3/06/2012

学生の留学

特に多くの博士を出しているわけではありませんが・・・.

私自身,学生の時にデルフト工科大学にいって,研究とはこういうものか,と驚きを体験したので,学生には,留学を勧めている.

修士課程-博士課程のプロセスでは,修士課程に多くの論文を書き,なるべく学振にうかるような体制を研究室でつくること,同時に博士課程で博士論文提出のクライテリアをなるべく早く満足するようにすること,というのを支援している.
その上で,十分な進捗で,かつ研究的にも成熟している場合で,海外でGive and Takeで信頼関係を構築することが期待できる学生には,留学を勧めている.
今回は,T君のイリノイ大学につづき,I君がEMPAに行く.

正直,私もうらやましい・・・.

うちの研究室では,私が受けたかった教育を学生に与えられるよう努力している.興味のある学生さんは,是非,来てください.


規制とか省庁とか.

実は一回変えて消したエントリーがある.どうやってまとめればよいかわからなくなったので,結局消した.

省庁とか規制の問題に共通する問題として,リ・エントリー

原子力保安院が規制庁になるに際して,推進派と規制派の間で人事交流をしないようにするというよう話があった.今の世論に従えば,そうすれば良いことができるような”雰囲気”があるんだとは思うが,本当にそうだろうか.
これは,もはや構造の問題である.
すなわち,規制庁というのは,推進派がいなければ,あるいは原子力分野がなくなれば廃止である.その観点で,本質的に規制庁というのは,推進派に依存せざるを得ない.人事交流をたったところでこの本質的な枠組みから脱却しないかぎり,規制庁に世論が期待するようなことはできないだろう,とも思う.(これは保安院なら良いとか,保安院の人ならできるとか,そういう趣旨ではない.)

もう一つ,本来,推進派こそ規制を欲している.いま,人々に信頼されて原子力を稼働するために何をしたらよいのか,というクライテリアを欲しているのは,原子力推進派の人たちだろう.本来規制というのは,そういったものだ.対立するということではなく,その関係から,世の人々に納得する形を生み出し,フェアーにものごとをすすめるためのものだ.


同じように,各省庁の問題もある.各省庁はその産業があるから成り立つ.それ故,その産業を振興するための手立てについてはどうしても検討したいというインセンティブがある.全体をスリム化したいという時には,この構造では問題解決ができない.
国民がどういった形態を欲していて,そのためにはどういった合意がなされるかということが国会議員だったのだろうけど,その世論代表たりえていないので,いつまでたっても民意という形でものごとがすすまない.

ううむ.ここまで書いてやっぱり,落としどころが難しいなあと.この話をおしすすめるとかなり角が立つ話になってしまって,よくないかもしれない.
ということで,こういう構造になっていて,それを脱却するためにどうしましょうか,という話をした方がよいよ,というところでこのエントリーは終わる.

新しいデザイン

新しいデザインにしてみたら,どうやって更新すればよいのかわからなくなってしまった.自分の名前クリックしたりしていたら,ここにたどり着けた.前の方が便利だったかな.

3/04/2012

近況 その2

マーク・ピーターセンの「日本人の英語」、という本が岩波書店から出ていて、この本には「続」も出ている。日本人の感覚と英米人の感覚の違いにもとづいて、たとえば、冠詞の違いや名詞の使い方でいかに背景の意味が変化するかということを事例に基づいて説明してくれている本である。

日本の英語教育における英作文がいかに英語圏の文化を無視して進んだしろものか,ということがよくわかる。

高校のときか、東大の教養の時に紹介されて、一度読んだきり本棚の隅にあったわけだけれども、ふと手をとって読み直してみるとこれは本当に良書である。

どうも、私は成熟度にちぐはぐなところがあって、麻布とか東大教養のときの友人の言葉をふと思い出して、かれらはこういう感覚で当時ものをいっていたのか、と驚くことが最近でも良くある。そして,当時の自分を思い出し,比較し,自分の未成熟ぶりに恥ずかしがったりする。

この本もそうで、当時、A君がこの本は素晴らしいと熱弁をふるっていたわけだけども、結局、巡り巡って、私がこの年でこの環境になるまで、この本の良さは認識できていなかったことを思うと、A君というのはどんだけすごいんだろう、と思う。
本というのは、タイミング、というのは全くその通りで、本に見合うだけの知見なり考えなりの成熟度が無いとただの知識の断片として残るだけで、頭の片隅で終わってしまうものも多い。

まずはインデックスもないとこういった結びつきができないので、そういった入り口的に評価することも大事だし、もう一方で、本当の血肉とするにはタイミングに依存していて、そのときがくるまで、自分を鍛えておくしかないかなあと思う。

別に最後にもりあがって,なんなんだ,っていう結論は無いんだけど,本との付き合いは,やはり一生取り組んでいかなくてはいけないなあと。
あと,良書っていうのはあるところにはあるわけで,自分のタイミングで良書にどれだけ出会えるのか,っていうのは努力なのか運なのか・・・。

近況 その1

結局、2月は2件だけだった。こまめにかけなくなっちゃったな。


修論発表会後は、いくつかのプロジェクトの報告書へ向けての活動。一部は今書いている現在でも継続しているものもある。いずれもかなりのボリュームのタスクだったけれども、学生さんたちにサポートしてもらった。多謝。
近年、責任のあるプロジェクトを引き受けさせていただけるようになってきたのだが、その規模が大きくなるほど、末端までのコントロール力が問われているようになる。目標までのプロセス・ステップを切り分け、各プレーヤーにゴールを設定して、進捗状況に合わせてゴールを変更して、落としていくというのは、プロジェクトが大きくなるほど片腕となってくれる人材の数が必要になる。逆に言うと、大学では片腕となってくれる人の数以上にはプロジェクト数を増やすことができない。

ということを考えると人材の育成と確保というのは、大学でプロジェクトを遂行する上でも重要な課題である。


さて、数あるプロジェクトの中でも出口の高度さという観点でいえば、某プロジェクトのハードルは結構高い。要は、(簡単にいいすぎると不適切かもしれないが)、建築物に求められる機能についてどれだけのパフォーマンスをもっているか、を吐き出せっていうことと考えられる。
現状の建築分野における設計では、想定外力に対してある程度の余裕度をもって作ることで安全と考えようとしているわけだが、設計における条件と建物の性能、という点に少し乖離があるようだ。もちろん、住宅性能表示における耐震等級みたいなものはあるんだけれど。

(すでに気づかれて研究をされている先達がいることは十分承知の上で・・)
一般建築物については人命保護を第一目的としていたために、それ以上のパフォーマンスについて踏み込むような検討はやや希薄だった。あるいはやってはいるんだけど、その先の具体像をつくって共有して、社会的にフィードバックすることをやってこなかった、ということかもしれない。
損傷評価も、破壊モードの同定も、完全ではないわけで。その先のことをどうこう、というのは、たとえばRCのことを知れば知るほどやや無謀のようにも思えるので、強い要求がなければ、自然と避けてしまうのは無理も無いように思う。

一方で、今回の震災で、新耐震の建物が壊れず、むしろ、その後の継続的な建築内の経済活動についての評価が世論として求めらるようになっていることを考えると、建築構造-構法-材料分野は、天井落下とか雑壁のキレツとか、そういったものにも目を向けて機能維持に対するパフォーマンスを評価する枠組みを検討していかねばなるまい。
今現在、個別に取り組みを行っているわけではあるが、建築物としての階層構造の中で、これらの機能保持からどのように設計を体系づけるかという問題は、今後の一つの大きなテーマだと思う。そこまで要求される建物がどれだけ増えるか、というのは別として。

結局、天井にしても壁にしても、あるいは別の内外装材にしても、人の安全という観点からは一緒の尺度で考えるべきものであるから、部材で区切るというよりは建物として考えるということは、本来あるべきことだ。
考え方自体は建築研究所の性能総プロのときに議論は相当にされているし、今も多くの研究者に理想的な漠然とした像は共有されているけれども、あまたある部材をどのように落としていくかというとなると、棚上げされた状態にあると言える。

建築材料の人は、一度、設計に立ち戻って自分の立ち位置と細分化された建築の諸分野の人とどう連携して何を出力するか、という見直しを行った方がよいと思う。

2/12/2012

発表会など

卒論,修論,博論の発表会が一回りしました。学生諸君はご苦労さまでした。

卒論:みなよく頑張ったと思います。教員側の質問は,人によってクオリティが異なっている点は私自身の反省も含めて,今後検討していきたい課題です。卒論発表時における良い質問,というものは,学会時のそれとは大きく違うようにも思います。
学生は,あるスタディとして卒論を行っていると思いますが,頑張って専門的に深くいくと,一般論になるほど答えにつまるという傾向があるように思います。エンジニア,という立場から考えれば,研究の背景・位置づけを理解しておけよ,ということになるのでしょうが,業界全体を見渡すことのできない学生にとって,導入部の質問について,臨機応変に答えるというのは結構な力量がいるでしょう。卒論の研究に関する質問としては,やはり半分くらいは相手の懐に入って行う質問が適切なんではないか,とも思います。
一般論的な質問というのは,答えることができて当然という雰囲気が出ている分,答えられない卒論生にはこたえる質問なんじゃないか,と思います。
褒めればよいわけでも無し,このあたりの間合いの見極めが重要という感じです。先生の技量を見るという形で学生からの楽しみとするくらいのゆとりがあってもよいかもしれません。


修論:それぞれのそれぞれなりの個性が結果として出た発表会だったように思います。普段から,どのように深く考えるかということを課題として課してきましたが,その実力が良くも悪くもそのまま出たように思います。修論の完成度をどの立場からみるか,というのは非常に難しいです。修論くらいになりますと,研究量,実験量,考察量が膨大であるから,というのと,そうはいっても学問的深化というのは,そうは簡単にいくわけもなく,ましてやコンクリートのように100年使われていて,まだ理解されていないことの方が多いというような材料を相手にしている場合に,これだけ深化させました,なんてことはなかなか言えないから,というのが理由です。
膨大なデータで,かなり良い線を行ったとしても,これはこういう新しいデータをとってここまで肉薄しました,ということにとどまっているわけですが,その地道で重要な研究上の前進をどのように表現するか,というのはなかなか難しい課題です。プレゼンでも悩んでいましたが,そのプロセスこそが大事かな,と私は思います。
華々しく,これができました,という論文は,本当にすごく突き抜けているか,大した研究でないかのどちらかです。個人的には後者の方が多いと思います。
工学とは,皆がイメージするよりは,ずっと地道なものです。


博論:私の博士第一号(になるはずの)学生の発表が終わりました。彼もまた,彼の業績に反して,発表に苦労していましたが,それでよいのじゃないか,と思います。やったことを全部いうのは間違いだし,何がわかったか,ということを伝えるプレゼン上の技術は,研究成果のすべてでではダメです。博士論文自身の骨格以外は,参考論文とか付録にしてしまえばよいわけで,その「捨てる技術」こそが工学です。


学問だけでなく工学は,「捨てる技術」が大事です。なにかを取捨選択するそのプロセスにおいて,考え抜き一つを選ぶという行為は,自分の脳みそと胆力と責任の問題なわけです。何百億円のプロジェクトを背負っても,自分の経験と知識(人脈含む)で責任をとれる,ということが重要です。こういう可能性もある,とかいって逃げてはいられない場合がいつか来ます。
あるいは,日々の生活がいつでも,そういった取捨選択の積み重ねです。
学生諸君の一日の重みについては,もっと真剣に考えてもらいたい時があります。

2/03/2012

2月

週に1回くらいは更新しないと,とも思っているのですが・・・。やはり,1~3月はなかなかいろいろあります。

1年生の授業で基礎セミナーというものがあります。最大10名程度の学生に対して,「大学的な何か」を教えるのが目的です。私の講義は,学生主体型の文献調査を行なって,発表をさせ,独自の意見をつけて,最後は2枚程度の論文に取りまとめるというものです。最初は建築材料に限ってやっていたのですが,題材も限定されるし,学生の興味いろいろなので,建築・建設業全般をテーマとすることをここ1,2年行なっています。
毎週発表があって,学生同士,あるいは私のコメント(結構厳しい+宿題が増える)があるのですが,だいたい半分くらいは脱落します。(選択必修なので取れなくても良い授業なのです。)

残った学生については,それなりにテーマについて詳しくなるし,ちょっとした卒論レベルくらいになることもあります。批判はあるかもしれないけれど,少数の伸びる学生が伸びる場所が提供できれば良いと考えているので,当座はこの調子です。

今年の一人に建設関係の企業が海外にいって赤字がでるのは何か,というテーマを選択した学生がいました。なかなか深いテーマだし,本来的にはフィールド調査の必要があるテーマなのですが,国内の文献調査でどこまでやれるかやるのもよいかな,と思って支援することにしました。契約のはなし,マネジメントの話,利益を出す構造の話,ゼネコンの下請け構造の話,などが毎週出されてきたので,多分,他の学生は相当に知見は広がったんじゃないかな,と思います。

私も往復の電車で読む本をそういったテーマにしたものをいくつかピックアップしました。特に契約に関する「日本人の法意識(川島武宣)」,「ビジネスパーソンのための契約の教科書,福井健策)」というのは面白かったです。前者は,ハイライトだけ読んで全部は読んでいませんが。日本の民族的問題というのは,確かにあるなあと思って反省しました。

契約については,一つには契約を作成するプロセスでリスク評価,問題制御,プロジェクトの設計,フェールセーフ的にうまくすすめるという姿勢が,条項として適切に入っている点が重要と思いました。日本は契約をあうんでおこなってしまいますが,この時にプロジェクトについての詳細を詰めていない,ということ自体が大きな問題なのでしょう。
福井健策氏の本には,いくつかの契約例がのっていてわかりやすいのですが,米国の契約が分厚いのは,逆にプロジェクト前に詳細にリスク評価を行い,契約書に盛り込んでいる姿勢として評価できるように思われます。

原発の設計思想の陳腐化なども議論されはじめておりますが,安全を確保するときの設計思想,プロジェクトをいかに適切に進めていくかというときの多重性を考慮し,かつディテールまでも詰めた具体的な設計ということが重要なわけで,こういったことが習慣化されていない日本の業態というのは,反省すべきではないかと思います。

実は,科研とかもある意味そういった観点の書類が評価されているんだろうなあ,とは最近思っていたところなのですが。


一方で,契約書を自分に有利にすることだけで,ビジネスが成功するかというとそうでもないと思います。
日本の非常にきめ細やかな設計・施工のプロセスは,ある場所ではカルト的信頼があります。一般的な表現では,ブランド力があります。当然,アジアを始めとして日本のゼネコン等に期待するのは,こういったきめ細やかな建設物であり,高度な技術力でできる素晴らしい建設物・建築物であるわけです。
採算性がわるいからといって,なるべく当地のビジネスに合わせるという事自体は,建設業の電化製品化ではないかと思います。すなわち,利益の採算をアジア的な人件費問題にすり替えて,薄利多売モデルで行こうとすると,これはもう,中国や韓国にはかなわないでしょう。
パナソニックやソニーと同じ構図です。ここはやはり,アップルと同じように,日本の建設業もブランド化して,高くても良いものを作り,しかも採算が取れるように差別化を図る努力をすべきです。

IT化・機械化がすすみ,実質的に建設業のホワイトカラー的なビジネス部門は少なくなっておりますが,その中で,きめ細やかな建設ができるプロセスで不可欠な部門を抽出するか,抽出できるような枠組みを作成し,残りはアウトソーシングしたとしてもブランド力をそこで確保できるような構造転換が望まれます。
ノウハウが蓄積する部門は絶対アウトソーシングしてはいけません。内部化をはかるべきです。

一括生産と呼ばれる中でも,部門を見期分けて,細分化して,再構築する作業が必要ではないかと思われます。
部品は台湾・日本・韓国で占めるiPhoneであっても,ブランドはアップルにあるわけですから,建設業のブランド力とはなにか,ということを考える機会をもっと増やすべきではないかと思います。

ODAの枠組みの中で,ぜひともそういった知見は蓄えて欲しいと思う次第です。

まあ,現業の人間ではないのでまとはずれかもしれませんが,建設業が家電製品と同じ道を行こうとするような気配があったので,あえて苦言を呈してみた次第。一意見です。